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リバティープリントの布地について

ロンドンのリバティ百貨店の創始者である、サー・アーサー・リバティ氏が1862年ロンドンでウィリアムモリスをはじめ、多くの芸術家と共に数々の生活美術工芸品を世に送り出しました。その一つがリバティタナローンです。

それはまさしく、英国の最も華やかで豊かな時代、ビクトリア時代とその後のアールヌーボーの美術運動の真っ只中でした。アーサー・リバティ氏の布に対するこだわりが、一世紀以上経った今でも世界中のデザイナーたちのインスピレーションの源となっています。

総てのプリントに名前がつけられ、きめ細やかな色と色との重なり合いが作り出す陰影の美しさ、絹とみまごう質感など、どうぞ直接触れて、観て、感じて楽しんでいただけたら、と願います。

リバティプリントの布地の魅力に想いを馳せ、美意識を味わいながら生活の中に芸術を感じてください。

リバティープリントの布地について





ウイリアムモリス
モリスの活動(ウイキペディア引用)
ヴィクトリア朝のイギリスでは産業革命の成果により工場で大量生産された商品があふれるようになった。反面、かつての職人はプロレタリアートになり、労働の喜びや手仕事の美しさも失われてしまった。モリスは中世に憧れて、モリス商会(Morris & Co.)を設立し、インテリア製品や美しい書籍を作り出した(植物の模様の壁紙やステンドグラスが有名)。生活と芸術を一致させようとするモリスのデザイン思想とその実践(アーツ・アンド・クラフツ運動)は各国に大きな影響を与え、20世紀のモダンデザインの源流にもなったといわれる。
プロレタリアートを解放し、生活を芸術化するために、根本的に社会を変えることが不可欠だと考えたモリスはマルクス主義を熱烈に信奉し、エリノア・マルクスカール・マルクスの娘)らと行動をともにした。エリノアらとヘンリー・ハインドマンの社会民主連盟を脱退し、1885年、社会主義同盟を結成、その後、再びエリノアらと脱退し、エリノアらとハマスミス社会主義協会を結成した。